「院長のつぶやき」を書き始めたのは、4年前のちょうど今頃です。女子サッカーワールドカップでは、「なでしこ」はどこまで勝ち進むでしょうか?

精神医療の世界で長く働いてきました。「難しい仕事を続けているのはなぜかな?」とつぶやいたところ、「好きだからでしょ」と妻に軽くいなされました。職場では「院長は仕事が趣味だから」と言われました。しかし、諸先輩の中には自分のエネルギーの源を「怒り」であるとおっしゃる方もいます。大学へ入学した頃には、刑法改正・保安処分反対闘争がありました。時代精神はルサンチマン(弱者が強者に対して、「憤り・怨恨・憎悪・非難」の感情を持つこと)に満ちていました。

しかし、一方では「自分への興味」、「人間への興味」というものもあります。あるエッセイを読んでいたら、筆者は10代の頃に「人はなぜ人を殺すのか」、「死んだらどうなるのか」に興味を持ったとありました。私も中学時代には、昼はバレーボール部活動に励み、夜は親友の影響もあって推理小説(必ず人が死ぬ)や松本清張、三島由紀夫を乱読しました。死を意識すると、逆に「どう生きたら良いのか」という疑問が湧いてきます。

研修医が時たま「先生はなぜ精神科医になったのか?」と聞きます。自分が同じ頃に思ったのは、「人と社会の橋渡し、つなぎ役」でした。今もそれは変わりません。第1回の「つぶやき」には、新病院になり機能が変化しても「『自分のしていることの理由は、誰にも明らかと思う』という落とし穴にはまらないように自戒しています。かつての病院では、開放的な空間の中でゆったりとした時間の流れがあり、春夏秋冬、実際に風が吹き抜けていました。病棟構造は変わっても心理的なゆとりは失いたくないものです。何気ない雑談をしたり、外の緑に目をやることも大事です」と書きました。目先のことに影響されない元の自分を探すには、10代までさかのぼると良いかもしれません。