ある日のA2病棟の全体ミーティングで面白いやり取りがありました、一人の患者さんが「宇宙に比べて人間はちっぽけな存在か?」と質問するのです。しばらくすると別の方が「庭にはっている蟻の一匹も生きている」と応答しました。人間は間違いなく集団的・社会的動物ではありますが、ちっぽけであっても一人一人が「生きている」のです。

さて昨日は遅くまでご苦労様でした。(6月23日に研修会を開催しました。)クリニカルパスに関する講演は大変刺激的でした。民間病院では経営的なサバイバルを最優先にしている様子がひしひしと伝わってきました。ドラッカーは病院を含む非営利組織を「ひとり一人の人と社会を変える存在」と定義しています。(「ドラッカー名著集4非営利組織の経営」)ちなみに業績評価表に載せた当センターの使命は「ノーマライゼーションの理念の下に、早期社会復帰を推進すると共に、先進的精神保健・医療サービスを提供する。」です。

クリティカルパスが医療外の領域から始まったのは、説明にあった通りです、例えば、橋をつくる際に進行管理により多数の職種がちょうどよい時期(臨界期)に作業に入ることにより工期を短くするのです。そのうち医療に導入されてクリニカルパスと呼ばれる様になりました。

しかし、精神科領域でクリパスが進まない理由はいくつか考えられます。たとえば統合失調症を考えても、発病時期、学歴、病前の生活機能レベル、病状回復の個人差、家族や社会の協力体制、薬物依存症や人格障害の合併の有無などにより、いつどのような援助が必要であるかが、患者さん一人ひとりによって違います。依存症や急性期入院時には時系列に沿って、役割分担を決めた援助計画を立てやすいが、一方、慢性期ではむしろ横断的一覧表の方が使いやすい面があります。支援会議では職業的立場が違う支援者が、情報の共有をおこない、まず患者さんの希望を聞いて、援助目標や内容を決めて、最終的には各々の役割分担に落とし込みます。しかし、リハビリ場面では援助者の役割の重なりあいが大きくなります。問題解決のためには情報の共有だけでなく、お互いのコミュニュケーションが求められます。

電子カルテにクリパスを入れることは必要条件であると考えますが、時系列や役割分担のあいまいさの問題をどうするかが難しいので、「身の丈に合ったものにする」がキーワードです。