初盆に帰省してきました。一日集まって、お墓の前でお経をあげてもらうというごくあっさりした法事でした。

散居村の中に実家があるので、信じられないかもしれませんが、帰る時にはしっかり確認する必要があります。子どもの頃には、迷って帰れない夢をよく見ました。

70歳を超えたおじやおばの話は、いつも戦後の苦労になります。統制経済よりも、昭和20年代前半の方が、食料事情が苦しかったそうです。GHQが去った後に生まれた、我々の世代とは体験が違います。

自分の覚えていない子ども時代の話を聞くのは、奇妙なものです。たとえば、つむら(わらで編んだバスケット)に入れられていつも泣いていた。縄で柱につないでいたこともあった。今ならば、児童虐待です。私の最初の記憶は、豆電球のうす明りの下で、お風呂に入れられた時です。最近の学説では、記憶は書き換えられるというから本当かどうかはわかりません。

めったに帰らないので、皆が話し込んでくると、自分はだんだん、地元の話について行けなくなります。「人間到る処青山あり」と独りごちていました。