沖縄で開かれた日本病院地域精神医学会に出席してきました。雨の3日間だったので、ひたすらホテルと会場を行き来しました。大会テーマは、「出会い 支えあい 結びあう~ゆいまーるの島から~」でした。東日本大震災と沖縄戦についてのシンポジウムが開かれました。

特別講演は北村毅先生(文化人類学者、早稲田大学)が「戦後沖縄の心象風景―沖縄戦の死者をめぐる記憶」と題して、聞き取り調査の報告をしました。県民の4人に1人が戦死して、戦後も大きな傷痕を残しています。4分の3は居住地がなく、9割が家屋を失いました。以前にタクシー運転手が、「沖縄には艦砲射撃で城がなくなって、あるのは城跡ばかりだ」と言ったのを思い出します。祖国を失い、歴史を喪失したのです。なかでも老人や子供、そして精神障害者が多く亡くなっています。戦前には沖縄に精神病院はなかったのですが、戦争中に精神障害者はスパイ扱いされたそうです。

ところが、1950年代の後半には精神障害者の殺傷事件についての新聞報道が相次ぎ、60年代には精神病床が急増しました。今では人口万対病床数も多く、クリニックも50か所以上あります。参加者は1000名近くなり、とても重いテーマの大会だったのですが、気温は25度をこえて生暖かく「ゆいまーる」の風土のせいか、不思議なことに暗くは感じられませんでした。

1日目の「退院支援」分科会の司会を急に頼まれました。山梨県立北病院の退院支援の5年後調査の報告がありました。当センターでも退院後のフォローアップ調査を試みる必要があります。入院してからの退院支援ではなくて、入院する前の評価や治療計画が今後は重視されるとも感じました。

2日目午前中は、医療観察法シンポジウムでした。医療観察法対象者の家族から見ると、①プログラムを疾患にあわせて多様化すること、②拘束をゆるくすること(もっと自由に)、③地域の支援を充実させることが要望されていました。

午後は障害者制度改革と地域移行について、大阪府立大学の三田優子先生の講演を聞きました。来年夏の障害者総合福祉法、翌年の差別禁止法の成立へむけての議論を紹介していました。

来年は福島県郡山市で大会を行う予定でしたが東日本大震災のために愛知県に変更されます。1日だけの開催ですが、駒ヶ根からは近いので参加しやすいです。1987年の名古屋大会では、信州からの発表もありました。近藤廉治、松沢冨男、そして金松直也の三先生が「精神病院の現状と問題点」について話しています。当時は「開放化と地域活動」について熱く語られていました。