もう一年が経ちました。今年の夏休みは、猛暑の中を新潟県へ出かけました。有名な長岡の花火を、知人を頼ってベランダの特等席から観覧しました。私は雨男なので心配でしたが、前日の大雨も止み、丁度に川風が吹く絶好の花火日和でした。

長岡の花火では、まず人の多さに驚きました。二本の橋に囲まれた広い河川敷に人が一杯でした。露店がなくて、純粋に花火だけを楽しむ大会です。復興記念花火「フェニックス」、正三尺玉「天地人」、信濃川を横切る「ナイアガラ」などが次々と点火されます。田舎の花火では、じっと待っているとポンと発射音がして、光がパッと開き、ドーンと音が追いかけるというイメージです(それはそれで味がある)。しかし、長岡の花火では、次々に点火されて、音と光だけでなく、家のガラスも揺れる響きによって圧倒されました。まさに体で感じる花火です。真夏の世の夢であり、一見に値します。

翌週には、高校の同窓会に出席しました。そういう歳になったと認めざるを得ません。3分の1近くが出席して旧交を温めたのですが、去年の中学校の時よりは覚えている顔が多くてホッとしました。1学年が10クラス以上あり、そのうち3クラスだけが進学コースという総合校でした。友達から私は、いつも首をかしげている内向的な生徒と認識されていたようです。今は身長も体重も増加してイメージが崩れました。出席された恩師が最後の授業の中でシェークスピアを引用して、「われわれ人間は夢と同じもので織りなされている、はかない一生の仕上げをするのは眠りなのだ。」(We are such stuff as dreams are made on, and our little life is rounded with a sleep)と述べられたのは、人生の後半を迎えた今ならば理解できそうです。

久しぶりに出勤すると、「院長はハワイへ行ってきた」という噂が流れていました。私が出かけたのは、外国旅行ではなく、こころの旅です。