7回目の病院祭には、金松直也先生(元木曽病院副院長)をお招きして、「地域医療と私~木曽谷精神医療・保健の45年間」をお話しいただきました。保健師と一緒に始められた信州地域精神衛生研究会(1969~)には、私も学生の頃より参加しました。
当時は、入院医療と地域医療を対立的に考えられて、出来る限り入院を避けるべく、訪問診療を重視して、24時間自宅の電話番号を公開されていました。今風に言えば、アウトリーチ活動の草分けです。

しかし、実際には入院説得が必要なケースが現われたり、患者や家族からの要請もあったりし、次第に自己決定を尊重して、入院も良しとする姿勢に変わった。また、「してやる」医療から「待つ」医療へと姿勢が変化しましたと話されました。

その後さらに作業所活動への関わりにより、障がい者の言動を枠にはめずに、そのまま感受する雰囲気を学ばれました。

地域精神医療活動により、木曽谷からの措置入院患者数と人口10万対入院患者数は減少しました。県立木曽病院には精神科病床がないので、他科病床の短期利用も進められました。今では①障がい者として対象化せず出来るだけそのまま住民として認める、②精神科医も地域住民となるという視点に到達されました。 

私なりに理解すれば、障がい者ではなく、障がいを持った一個人として認めること、医者も専門家として診断・治療するだけでなく、一人の人間としての付き合いが求められるということです。

最後には、恩師である西丸四方先生の言葉を紹介されました。

 「あまりかんかんにならずに
   楽な気持ちでやる  
   水が流れるように
   石があったらそのわきを流れる
   すると石はそのうちに
   水の中にころげこんでくるだろう」

精神医療・保健の歴史を学ぶだけでなく、金松先生自身から醸し出される雰囲気を聴衆は深く感じたでしょう。今後の課題となっているアウトリーチ活動を行う際の、場の雰囲気の変化や関係性の違いについて考えさせられました。