新任職員に当院の歴史について話しました。昭和31年に開院し、40年代には木造から鉄筋コンクリート(懐かしい言葉)に改築しました。その後に病棟開放化に取り組み、全国の有志と精神医療夏期大学を開きました。5年前には老朽化した病棟を再度、改築し名称も「こころの医療センター駒ヶ根」に変えました。アメニティが良くなり精神科救急医療と専門医療の動きが一気に加速しましたが、この先どうなるのだろうと不安がよぎることがあります。

そんな時『鬱屈精神科医 占いに すがる』(春日武彦 著/太田出版)を読みました。還暦を過ぎて壁にあたった精神科医が、救いを求めて占い師をめぐる私小説(?)です。著者が悩みを打ち明けると、占い師は「もしあなたの患者さんが、今おっしゃったようなことを語ったとしたら、担当医としてどんなふうに答えますか」と逆に質問されます。つい素直に応答すると、占い師はにっこりと、「まさにそれが私の言いたいことです。お分かりになっているじゃないですか」と告げたというのです。日頃の医師―患者関係がひっくり返される所が、とても面白いです。

社会的な事件が起きると、あらゆる考察場面に精神科医が引っ張り出されています。『教えてルモアンヌ先生、精神科医は一体何の役に立つのですか』(パトリック・ルモアンヌ 著/新泉社)では、フランスの精神科医が、精神医療史、反精神医学、薬学、司法精神医学などについて概説します。特定の学派に偏らず、実際的でユーモラスな筆致がすばらしい。近代医学が進んでも精神科はいまだに患者たちが、医療科学と迷信の間で、医薬品と心理セラピーの間で揺れ動き、ドーパミン仮説とエディプス神話の間を、MRIと催眠療法の間を行ったり来たりしているというのです。終章では、精神科医であり続ける秘訣として「人生を謳歌すること」をあげています。当たり前ですが、病院の外へ出れば精神科医ではない。

そういえば、小学生の息子に「まじないはするのか」と尋ねられたことがあります。呪術者や隠者は大昔からいる訳ですから(ヒンドゥーやパプアではいまも健在)、精神科医が日々の仕事に行き詰った時に、文化の古層に助けを求めたくなるのはある意味で自然なのでしょう。医師が万能感を持った時の方が危険です。