私たちDPAT(災害派遣精神医療チーム)は、能登半島地震の救援活動のために現地へと急行しました。最初の集合地点は七尾市にある活動拠点病院で、そこで情報共有と情報収集を行い、私たちのチームを含む3チームが能登北部の奥能登地域へと派遣されました。
当時珠洲市は、目的地に到達できるかわからない荒れ果てた道路状況に加え、上下水道は機能しておらず、衛生環境も決して良いとは言えない状態でした。そのような過酷な状況の中避難所では、精神医療の必要性が高まっており、他の医療チームから入る情報を受けDPATの活動を開始しました。コミュニケーションを図ることにより、自分たちのチームだけではなく、他のチームとも良好な関係を築けたことは、厳しい状況下での私たちを奮いたたせました。
珠洲市の総合病院内では、避難所に避難した看護師が、使命感からその場で看護活動を続けている実情も明らかになりました。自身も被災者でありながら支援者として活動を行うのは大変な状況であったと思います。DPATは被災者のみならず支援者の心の支えになるためにも必要であると感じた出来事でした。
この地震によって多くの人々が家を失い、日常生活を奪われました。私たちDPATは、被災者が再び希望を持てるよう支援を続けていきます。 (DPAT看護師)