みなさんは、依存症についてどんなイメージをもちますか。「性格の問題では?」と頭をよぎった人もいるかもしれません。しかし、これは大きな誤解です。
少しむつかしい話をさせてください。アルコールや薬物を摂取すると脳内でドパミンと呼ばれる快楽物質が分泌されます。この快楽物質が脳内に放出されると、脳がその快体験(楽しい・気持ちがいい)を記憶し、同じような刺激を求める仕組みができあがります。しかし、だんだんと耐性ができ、同じ量では満足できなくなってしまうため、多量摂取や頻回な使用に至ります。ギャンブルでは、スリルや興奮といった行動で同じように脳内で快楽を求める仕組みが働いてるのではないかと言われています。
これまでの説明で、依存症はコントロールできなくなる『脳の病気』とイメージを持つことはできましたか。その上で大切なことは、多くの依存症は症状が進行していく中で身体的な病気、うつ等の精神疾患、欠勤・不登校や対人関係が壊れるなど社会的な問題を経験します。そのため、周囲の正しい理解がないとこれらの苦痛に一人で耐え孤立します。そして、孤立の苦痛から逃れるために更に依存症が進行するのです。
依存症は完治しませんが、回復する病気です。早めの受診が進行を食い止める手助けになります。是非、気軽に相談して下さい。
症状
身体・精神・社会的な側面に症状は現れます。習慣的に依存していたものを突然やめた場合に現れる『離脱症状』が特徴的です。
身体的な側面
からだに現れる離脱症状です。具体的には、発汗、手指の震え、ドキドキする、頻回な下痢、吐き気、こむら返り、けいれんです。アルコール依存症の場合、これらの症状が現れ、再び飲酒することで症状が治まるため、依存症が進行していきます。ネットゲーム障害では、視力低下や骨粗鬆症、発育不全が見られる場合があります。
精神的な側面
精神面に現れる離脱症状で渇望(かつぼう)があります。依存しているものを断つことで、強烈に欲してしまうことです。イライラ、落ち着かない、ずっと依存するもののことを考えてしまう、集中力の欠けた状態をいいます。この他にも、眠れない、怒りっぽくなる、幻覚があります。周囲への関心が薄れ、服装や入浴といった身だしなみに気を使えなくなる場合もあります。
ギャンブル依存症では、興奮して賭け金が増えてしまったり、負けたお金をギャンブルで取り返そうと考え方の変化が見られます。
社会的な側面
学校や会社、家族関係など社会生活に影響が出ている状態です。
例えば、ゲームに熱中した結果、昼夜逆転し不登校。二日酔いで無断欠勤。成績の低下。離婚や家庭内の役割を放棄する等です。また、返済できる現実的な手段がないにも関わらず、膨大な借金をしてしまうケースや、違法な所持や暴力行為による逮捕もあります。
原因
さて、みなさんに質問です。あなたが好きな食べ物を思い浮かべてください。どんな時に食べたくなりますか。一生懸命頑張った日や嬉しい時、元気がない時。理由はいろいろ考えられます。実は、依存症のきっかけも同じです。自分を労ったり、励ましたり、友達と盛り上がるために始めることが少なくありません。しかし、一度の使用で依存症になる人はいません。何度も使用して脳の仕組みが変化するまで、ある程度の期間が必要になります。では、毎日、自分を労ったり、励まさなければならない人とは、どんな人なのか考えてみましょう。
社会生活を送る上で、避けて通れないのが人間関係です。人とうまく関係が築けない、思ったことを口に出すことが苦手といった対人関係のストレスを抱えている人が、どうやら依存症になりやすそうですね。しかし、これでは風邪にかかりやすい人、気胸になりやすい人といったように原因にはなりません。
依存症の原因は、お酒についてはコンビニでの手に入りやすさ、祝い事には酒がつきものとアルコールに寛容になってしまう文化。ITが発展した結果、インターネットの利便性が向上し、いつでもどこでもギャンブル、SNSやオンラインゲームに触れることができるようになった社会背景があります。また、近頃は射幸心を煽るようなマーケティング戦略も複雑に絡むため原因をひとつに絞ることがとても困難です。
参考
- [ 厚生労働省 ] 依存症についてもっと知りたい方へ
- 樋口進「イラスト版 ネット依存・ゲーム依存がよくわかる本」講談社 2018
治療
依存症は回復する病気ですが、生活の中で誘惑が多いことも事実です。ふと、コンビニに寄ってアルコールが目についた、テレビを見たら競馬中継をしていた、薬物をやっていた友人から連絡がはいった…。そういった誘惑に流されないために治療を行います。
主に外来医療と入院治療に分けられます。
外来治療では定期的な外来通院を行い、医師の診察がメインになります。アルコールの場合、飲酒量低減薬や抗酒剤を処方する場合もあります。外来治療を継続しても、依存がやめられない場合は、入院治療への移行を主治医が提案します。
入院治療では、なぜ依存症となったのかを深く振り返り、今後、依存するものに頼らない生活を具体的に考える治療プログラムを行います。入院治療の大きな特徴の一つに、同じ病気で入院した仲間との出会いがあります。集団生活や共通のプログラムを通して、体験や気持ちの分かち合いができます。退院後を見据えて、地域の自助グループに参加します。
当院の依存症プログラム・治療
依存症は『否認の病』と言われます。否認には2種類あります。一つ目は『じぶんは依存症ではない』と病であることを認められない否認と、二つ目目は『依存していたものをさえやめれば大丈夫だ』と十分な振り返りがなく回復したと思い込む否認です。これらの否認が続く限り回復はほど遠い状態です。
当院では、一つ目の否認には、同じ病を経験した人と気持ちを語り合うミーティング、回復者を招いて話してもらうメッセージ、入院している方のみで酒害を語る院内断酒会があります。二つ目の否認には、認知行動療法(CBT)を基に治療プログラムを提供します。
これまで、長い文章を読んでいただきありがとうございました。
最後に、当院が依存症治療で大切にしていることを伝えたいです。それは『つながり』です。はじめに伝えたように、依存症は孤立することで進行します。孤立に対抗できるのは、人とのつながりだけです。
つながりを意識して治療を考えてみます。まず、受診することでスタッフとつながりが出来ます。外来治療では、医師、看護師、ソーシャルワーカーが主に関わりますが、入院治療では心理士、栄養士、薬剤師、作業療法士といった多職種や同じ病を抱える人とのつながりができます。当院の中だけでなく、地域にもつながりは広がります。ご家族や、市役所といった行政職員、職場の上司等には、病状説明を行い、安定した回復にむけて支援方法を考えます。また、入院中から自助グループに参加することで回復者とのつながりが出来ます。
つながりを紐に例えてみましょう。たくさんの本数を組み違えれば強固なロープになりますし、本数が多ければ、いざとなった時に頼れる支援が多いのです。
そのため、私たちの治療では孤立させない人と人のつながりを大切にしています。